ホーリーのプログラミング日記

ホーリーのプログラミング日記

エキセントリック・スーパーアプリクリエイター / アプリ総DL数 約180万 / 全然分からない 俺は雰囲気でアプリを作ってる / iOS : apple.co/3m3HxSm / Android : bit.ly/3ma0liZ

クオリティと感動は比例しない

 

クオリティと感動って比例しないと思うんですよ。もちろん、半端ないクオリティのものを見たら、人間感動しますよ。

でも、じゃあその半端ないクオリティのものを100点だとして、30点を見たときに感動しないか、と言われればそんなことはありません。

 

結局は期待値との差だと思うんですよ。ここのラーメン屋は美味いって聞いて、さんざん並んだ挙句に食べるラーメンて、実はそんなに美味しくなかったりするんです。

それよりも、ちょっとボロい外見で、行列はおろかお客さんも全然いない。そんなラーメン屋に入って、そこのラーメンが美味かったら感動するでしょう。

そういうときって想定外なんですよ。完全に自分の予想の範囲外のものなんで、心にガンガンくるんです。まさに感動。

 

それを思ったのは、こないだの娘(4歳)のダンスの発表会ですね。

娘はダンススクールに通ってて、そこのスクールの発表会があったんです。

なんちゃら区民ホールってところで、サイズはやや小さめの映画館くらい。そこで発表会を見たんですけど、まあすごい。自分の娘ながら、半端ない演技でした。幼稚園児のそれを超えていた。

 

でも、泣くほどの感動はなかったんですよ。娘には申し訳ないんですが、泣きはしませんでした。

反対に、息子(7歳)が同じくらいの歳だったときの学芸会は、泣くほどに感動してしまったんですよね。

 

幼稚園の学芸会でダンスがあったんですよ。息子が年中のときに。だから5歳ですか。

息子はやんちゃ坊主の問題児で、年少のときの学芸会は、1人だけ舞台の上でふてくされてたんです。みんなが一生懸命参加している横で、1人仁王立ちしていました。だりぃって顔しながら。

んで、それから一年後の学芸会ですよ。このときはみんなと同じように参加していて、見てても頑張ってるのがわかったんです。

その姿を見てたら、ボロボロ泣けてきちゃって、もう僕はダメでした。客席の最前列で大泣きしてましたよ。

 

娘のダンスと息子のダンス。両者のクオリティの差は歴然です。娘のほうが圧倒的にすごい。

でも僕の中で娘はデキる子なんですよ。何をやってもよく出来る。なので、想定外のクオリティではありませんでした。

反対に息子のダンスは想定外。だから感動したんだと思います。期待値が0に等しかったんで、30点のダンスに猛烈に感動してしまったんだと。

 

☆☆☆

 

仕事してると、クオリティに目が行くじゃないですか。スピードを優先するときもあるでしょうけど、クオリティに目が行かないときはない。

んで、このクオリティですよ。これってユーザーに喜んでもらうためのクオリティですよね。大げさに言えば感動してもらうためのクオリティ。

でもこれって、ただ上げるだけでは、感動は生まれません。期待値とのギャップをもたせないと。

 

ステーキけんの井戸さんとか、よく言ってるんですよね。「うちの店は美味しいよ」ってあんまり言いたくないと。

なんだったら「うちの店は不味い」って宣伝したいと、前にメルマガで書いてました。

 

美味いって言っちゃうと、期待値が上がるから、感動が生まれにくくなる。これが理由だったんですけど、なるほどなと思いましたよ。

期待値を下げる努力をしてる人って、まずいないでしょうけどね。井戸さんは意識してました。

 

クオリティと感動は比例しない。とにかく、期待値の上げすぎは危険でしょう。