ホーリーのプログラミング日記

ホーリーのプログラミング日記

エキセントリック・スーパーアプリクリエイター。プログラミング歴4年。独学。リリース本数:約60本。総ダウンロード数:50万

関羽と張飛が死んだ日

 

非常に個人的なことなんですが、先月くらいに会社をひとつ潰しました。

窓拭きの会社ではなく、5年前くらいに作った絵本の会社ですね。

キラキラとしたスタートアップ企業に憧れて作った会社ですが、気付けば流れ星となった次第です。

 

んで、本当は窓拭きの会社もやめたいなって思ってたんですよ。

多分3年前くらいですかね。このブログにも、窓拭きやめてアプリ一本でやっていきたい的なことを書いた気がします。

まあ当然のごとく、現状はアプリのみでは全然生活できないですよ。窓拭きやめた瞬間、僕の人生まで終わります。

 

ただ、仮にアプリがバカ売れするようになっても、窓拭きは残したほうがいいんじゃないかと思ってきたんですよ。

日和った(ひよった)と言われればそれまでなんですけど、心穏やかに生きることを考えたら、収入源は複数あったほうがいいでしょう。

2020年ともなれば、専業だの副業だのはナンセンスで、いかに「複業」するかの時代ですからね。

 

適当に書いてみたんですが、多分真を突いてるはずですw

 

もしかしたらこれを書いてる今も「アプリ売れたから会社やめるでー!!」って考えてる方がいらっしゃるかもしれません。

それは大変素晴らしいことですし、アグレッシブな人生や良しと思ってるんですが、もしかしたら一拍置いた方がいいのかもしれません。

なんせ期待してる収入源ほど、サクッとなくなったりしますからね。

 

僕はアプリがバカ売れしたことはないですし、なんならヒット作の一本すらないですけど、「期待してる収入源が突然なくなること」は何度か経験してきたので、ちょっとその話を書いてみようと思います。

 

===

 

「関羽と張飛が死んだ日」

 

僕は16歳から窓拭きのバイトをしてて、20歳のときに独立しました。んで数年後に法人化したので、法人自体は13期目とか、そのくらいですかね。

んで、独立して3年目くらいは、めちゃくちゃ調子に乗ってたわけですよ。

ちょうど法人化した直後で、もう身の丈に余る給料をもらっていました。

 

仕事自体も順調で、なんなら東長崎の家賃20万の部屋に引っ越そうと思ってたくらいですからね。

東京にお住まいの方にしか通じないと思うんですが、豊島区の長崎で20万と言えば、もう相当なものですよ。

独身で港区20万と言えば普通かもしれませんが、東長崎20万は、セレブ中のセレブですw

 

数年前まで友達とルームシェアして4万円の家賃を払ってたアホタレが、5倍の物件に引っ越そうとしてるんですからね。これはもう窓拭きドリーム。

求人雑誌を隅から隅まで見て、ちょっとでも条件の良い会社を探してた僕が、逆に載せる立場になったのも、この頃です。

「見る側から載せる側になったどー!!」なんていいながら、初めての従業員を迎えたのが、ちょうどこの頃でした。

 

んで、めっちゃ調子に乗ってたわけですけど、当時の僕には2つの大きな仕事があったんですよ。

どちらも年6回の定期契約で、ちょうど偶数月と奇数月、交互に来るようになってたので、これら2つでかなりの売上を立ててました。

他にも細かい仕事は沢山あったんですけど、とにかくこれら2つがあれば安心だったわけですよ。

 

まさに関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)。劉備玄徳(りゅうびげんとく)と義兄弟の契りを交わした2人ですが、これほどの猛将は呂布(りょふ)を除いていなかったでしょう。

何なら呂布と対等に渡り合える2人が自分の元にいたわけですよ。

当時23歳。脇には関羽と張飛。それで調子に乗るなっていうのは、難しい話です。

 

流れるままに24歳で結婚をしました。イキってるんで、挙式はハワイ。

ホテル選びも、迷うことなく最高級の何とかサーフライダーですよ。

親族はミラマーっていう低俗なホテルに閉じ込めてしまったんですが、自分たちにはとことん金をかけました。

 

それで挙式を終えて帰国して一週間後くらいですかね。関羽と張飛が死んだって連絡を受けたんですよ。

 

大事なことなんで、もう一度書きますね。

 

関羽と張飛が同時に死んだんです

 

連絡を受けたのは、車で家から出てちょっとのところ。

当時は嫁がデザインの会社で働いてたんで、終わり時間に合わせて迎えに行くのが日課だったんです。

それでこのときも迎えに行こうと思ってたんですが、そこでまさかの連絡があったわけですよ。

 

仕事が無くなった原因は、どちらも上の管理会社が切り替わることでした。

だから自社の落ち度がどうこうって話ではなくて、どうすることも出来ない部分で、いきなり無くなったんですよ。

 

それぞれ管理会社は別だったので、いつか無くなる日がきても同時はないなと思ってました。それがまさかの同時NO。

関羽と張飛がNOなってしまったと、もうパニックですよ。

 

んで、そこから茫然自失のまま車を走らせるわけですけど、もうそんな状態なんで、カンカンなってる踏切に突っ込んじゃったんです。

遮断器が降りてきてるところに突っ込んじゃって、なんなら先に警官がいたんですよ。

当然待ちなさいって話になるじゃないですか。一時停止無視の違反で捕まるでしょう。

 

でも頭の中はパニックだから、普通に逃げちゃったんですよね。

追いかけてくる警官を横目にアクセル全開で走り去りましたよ。

んで、ちょっと先に行ったところの路肩に車を止めて、ハンドルに突っ伏すわけです。

 

記憶が薄いんですが、とにかくめちゃくちゃな不安だけはあったんですよ。「どうしよう?てかどうなるんだろう?この先」っていう。

当たり前に東長崎20万は無しじゃないですか。こんなものはどうでもいいし、なんなら目先の自分の給料もどうでもよかった。一番考えたのは自分の会社で働いてくれてる人への給料ですね。

目先の数ヶ月はいいとしても、この先給料を払っていけるのかなって不安がすごかったんですよ。

 

===

 

ええ、まあこんな感じで、あてにしてる収入ほど突然なくなったりしますので、注意が必要ですよw

 

ちなみにそれからも関羽と張飛ほどではないですが、よく自軍の猛将が死にました。

こやつが自軍に来てくれたって喜んだのも束の間、数年後に死んだりするんですよ。

 

ここ最近で印象的だったのは、3年前の超雲(ちょううん)ですかね。

最初来たときは、そんなに猛将って感じじゃなかったんですよ。ただそれから作業範囲の拡大とかがあり、気付けば猛将になってた次第です。

「あれ?この子槍が上手いけど、もしかして超雲だったのかな?超雲だったの?きみ」なんて感じで、気付けばエース格へと成長してました。

 

それで一昨年の夏ですよ。韓国へバカンスに行ってたんですが、帰国した日に超雲が死んだことを告げられました。

すでにこの手のことは何度かあって慣れてたんですよ。関羽と張飛のときは初めてだったから動揺しましたけど、それ以降も何度かあったんで、だいぶ普通に受け止めれたと思います。

ただ、右手は震えてましたけどね。趙雲死亡を電話で聞いたんですが、冷たい汗をかきながら、スマホを持つ右手は小刻みに震えていましたよ。

 

とにかく、あてにしてる収入ほど突然なくなったりしますので、注意が必要ですよw

 

もしも手元に呂布みたいな猛将がいたとしても、そこは注意が必要です。

「俺には呂布がいるから、会社なんて辞めてやるぜ」ってなったとしても、あいつすぐに裏切りますから。

関羽と張飛がいても注意が必要なのに、呂布単体っていうのはヤバいでしょう。

 

まあ何を選択するのも個人の自由ですけど、収入源は複数あったほうが安全だと思います。

2020年は複業の時代ですよ。